経済界

売買やライセンスなど知財の活用には不可欠な契約。
日本企業に軸足を置いた交渉で優位な契約を勝ち取る。
日本では数少ない国際ライセンスの専門家に利益を生み出す契約術を学ぶ。

企業の交渉力を底上げする

 政府が舵を取った知財立国は6年日に突入。知財のライセンスも活発化し、大企業は知財経営を推し進める。しかしその影で、国際的な知財係争のニュースをよく耳にするようになった。
 キヤノンは2007年2月に、米国企業から供与された特許ライセンスの使用範囲が、契約違反に当たるとの判決を受け、係争を続けている。11月には、ソニーがOEM供給契約を前提に公開した技術を盗用したと台湾企業に訴えられた。
 契約は企業間で解釈に差異が生じると大きなリスクになる。交渉から契約まで、高度なスキルが要求される中、企業はどう対処すればいいのか。龍神国際特許事務所の龍神嘉彦所長は、弁理士およびニューヨーク州弁護士。企業の代理として契約まで導く交渉実務のプロだ。契約の重要性について聞いた。

知財交渉の専門家を目指したきっかけは?

龍神: 私は8年間、大手バイオメーカーの特許部で、国際ライセンスや米国での訴訟業務を行っていました。その中で、日本企業の交渉力の弱さを痛感しました。欧米企業が要求する契約に、交渉するスキルやエネルギーを持たず、不利益な契約にも妥協して、サインをする。企業の交渉力を底上げするため、渡米しました。ロースクールに1年間留学後、ニュージャージー州にある通信・半導体関係の研究所で5年間、特許・法務業務に従事。ニューヨーク州弁護士の資格も取得し、知財契約交渉の専門家として、経験を積んできました。帰国後、大手特許事務所を経て、06年10月に当事務所を設立しました。

法律を当てはめるだけではなく、企業経験に基づく交渉は企業にとっても力強いです。

龍神: 米国の大手企業では、社内弁護士が企業の経営戦略に沿って、特許出願から契約やその交渉までをサポートします。中小企業でも、必ず交渉の担当者がいます。日本でも、ライセンスだけでなく、未利用の知財を売買する企業が増えてきました。従来のように、弁理士は特許出願、弁護士は訴訟と線引きしていては、ビジネスが円滑に進まない時代になっています。

海外企業との知財係争も増えてきました。

龍神: 最近、特許侵害品対策で南米に出張しました。その際、担当官と現地弁護士が査察に踏み込んだところ、ゲートを出る寸前のトラックを発見。荷台を調べると、模倣品がごっそり出てきたというドラマのような話を聞きました。また、裁判の行方は、双方のロビー活動にかなり影響されるところがあり、その国に合った戦略を立てることの重要性を痛感しました。

契約関係の紛争は?

龍神: ある日本企業は米国の中小企業が持つノウハウをライセンスしてもらうに当たり、高率なロイヤリティーを永久に支払う契約を結んでしまった。専門家を入れず、社長同士が密室で契約した結果です。私が交渉に入り、支払い期間を10年間に短縮。さらに、その後、相当な金額の一括払いを条件に契約を解約したのですが、結局4年かかりました。

法的リスクを見据え利益を生む

契約をリカバーするには時間と労力がかかるのですね。

龍神: ライセンス契約をはじめ、企業活動には多くの契約書が存在します。中でも、秘密保持契約書は気軽にサインしがちですけど、とても怖い契約なのです。特許侵害なら、特許権の範囲が書面化されているので比較的、白黒がはっきりしやすい。しかし、秘密保持契約違反に問われると、「秘密を漏洩していない」「相手の情報を使っていない」ということの証明は不可能に近いのです。実際に、米国の大学教授との共同研究を解消後、独自で完成させた特許に対し、共同研究中に教授が提供した情報で特許が成り立っていると、訴訟を起こされた例があります。ロイヤリティーの配分で和解に至るまで2年間、2億円を費やしました。

日本でも産学連携が活発化する中で、研究成果をいち早く発表したい大学と、特許出願を優先する企業の間で摩擦が起こります。

龍神: 研究者が研究成果を早く発表したいという気持ちは分かります。でも、特許出願前に発表すれば、特許が取れなかったり、発明を盗用されたりする危険性があります。産学連携は共同研究で得られた成果を事業家する骨組みなど、研究段階から将来を視野に人れた契約書を交わしておく必要があります。

利益を生む契約の秘訣は?

龍神: 日本企業間では契約に縛られず、自由に研究開発を行うほうが、うまくいくケースが多かったかもしれません。しかし、共同開発やライセンス契約がグローバル化し、欧米やアジアとの国際連携が進む今、日本流は通用しません。もちろん、契約を結んでも100%安全ではありません。法律や契約にはグレーな部分があり、そこがビジネスのうま味となります。法的なリスクを見据えて、企業利益のためにギリギリの線で交渉する。それが契約です。私のポリシーは日本企業側に立ち、企業利益のために交渉し、契約をまとめること。ビジネスと法律との接点を見極め、戦略立案から調査、外国企業との交渉、契約までを一貫して行います。その延長線として、知財のファイナンスとマーケットリサーチを専門とする会社2社と設立した事業組合。大手シンクタンクと提携した知財・技術のマッチングサービスも展開しています。人が動かないと知財は動きません。そのための知財契約交渉人として積極的に日本企業をサポートしていければと思います。

(取材と文/島津典代・ジャーナリスト)■ 経済界 2008.1.22